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2011年2月

2011/02/26

お別れの日

その日は突然やってきました。

ちょうど地下鉄の中にいて、しばらく妹からの電話とメールに
気が付きませんでした。
大量の着信履歴を見た瞬間、「やばい」と思いましたが時すでに遅し。
妹に連絡をすると「ついさっき亡くなったとよ・・・」との返事でした。
あまりにも容態が急変したため、父と妹も最後には間に合わなかったそうです。

母の性格を考えると、きっと最期の姿を家族には見られたくなかったんだろうな~
家族が悲しむ瞬間を見たくなかったんだろうな~
そんな事を今にして思います。


慌てて帰宅し、新幹線に飛び乗りましたが、
地元福岡の到着は18時過ぎ。 
母は既に棺の中で、お通夜のお経が始まったところでした。
(日程が悪く、この日にお通夜、翌日が葬儀という日取りに
 なってしまいました)

この4年間、いつかこの日が来る事を覚悟していたので
正直、電話で訃報を聞いたとき、あまり実感がありませんでした。
でも斎場に大きく書かれた母の名前を見た時、妙に悲しくなりました。
母の遺影もなんとなく寂しそうな顔つきでした。

お焼香の時にやっと母の顔を見ることが出来ました。
病院のベットで寝ていたときの苦しそうな顔ではなく、
「ほら! はよ起きんね!」って声をかけたら
今にもぱちっと目を覚ましそうなそんな安らかな寝顔です。

ちょっとふっくらとしてやさしそうで綺麗な寝顔だったので
少しほっとしました。

実はイズミソはこの時初めて、医療器具をつけてない母の顔を見ました。
「綺麗なお母さんやね~」とつぶやいてくれました。

病院の先生や看護師さんが母の体に負担がかからないような
治療を続けていたとの事で、改めて感謝です。

その夜、父とそして母と斎場に泊りました。
父とはうだうだと昔話をしていました。
一回床に就きましたが結局眠れず、母の顔を見ながら
母との思い出に耽っていました。

翌朝、
俺は少しだけ眠れたようでした。
父はその日、ほとんど眠れなかったようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

この日、慌しく葬儀関連の一連の儀式が終わりました。
大人になって初めて?!人前で大泣きしました。
全く予定外でした。
超泣き虫だった子供の頃に戻ったような気がしました。
当時、その事で母からよく怒られていましたが、
でもこの日ばかりは許してくれるんじゃないかと思います。


あっという間の1日でしたが、もう何日も経ってしまったような
前日に本当に母が亡くなったとは思えない、そんな長い1日でした。

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2011年2月20日(日)、母が永眠致しました。 享年69歳でした。


約4年もの間、危篤状態だったですし、
その間、何回か危ない状態を迎えてはなんとか山を越えていて
でも少しずつ衰弱している事は聞いていましたので、
いつかこんな日が来るのはわかっていました。

つい一週間前もちょっと危ない状態になったので、急遽帰省。
でも俺とイズミソが病院に駆けつけるとめったに開かない目をぱっちり開けて
俺たちを待っていてくれていました。

 『 お父さんもマキ(妹)も元気やけんね。
   俺とイズミソも大阪で元気で毎日楽しくやっているから
   なんも心配せんでいいけんね~ 』

この言葉を聴いて安心したのでしょうか
結局、これが直接母に伝える事が出来た最後の言葉となってしまいました。


数年前からこの日が来る事はわかっていたのですが
いざこの日が来てしまうとやっぱりショックですねcrying


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2011/02/14

生きる意味とは

先日、元レーサーの太田哲也さんの講演をお聞きしました。

レースの事故で瀕死の重傷に遭いながら、約3年の時を経て社会復帰を果たされた
太田さんの言葉、その1つ1つがとても重い、そしてとても印象に残る言葉でした。

そんな言葉の中に特に印象に残る言葉がありました。

「生きる意味」について、いくつか言われていたのですが、

「人に喜びを与える事」 そして

「人は誰かのために生きている」

という言葉が今回とても印象に残りました。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

この週末、母の容態が急変したという事で
急遽実家に帰省していました。
一時、あまりよくない状況にまで陥ったようなのですが、
今回もなんとか復活して、一命を取り留めました。
相変わらず、意思疎通は出来ませんが、
最初に病室に行ったときに、普段は目を開ける事はほとんどないのに
この日は、目を開けてトムとイズミソを待っていてくれました。

これには父や妹もびっくりeye
「普段はちっとも目を開けないのに・・・」と妹から言われてしまいましたがcoldsweats01
きっと帰ってくるのを待っていてくれたんやね~とみんなで話をしていました。

きっと母は僕らの為に、家族みんなが悲しまないように、
そして現実をしっかり受け止められるように、その事を口では伝えられない代わりに
体を張ってゆっくりじっくり生きてくれているんだろうな~と改めて思ってしまいました。

「誰かの為に生きる事」 

きっとこういう事なんだろうな~と思いました。
母の思いに感謝ですshine

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バレンタイン2011

0214choco

今年のチョコはちょこっと和風でした♪happy01

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2011/02/06

Samurai Blue ”Change”

我が家は未だにアジア杯の余韻に浸っていますhappy01

あとは長友のインテルデビュも期待したい♪

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2011/02/04

渋滞学から仕事を考える

会社で東大・西成先生による「渋滞学」のセミナを拝聴した。
内容がめちゃめちゃ面白かったので、久々の備忘録です。

忙しい=仕事の渋滞
インとアウトのバランスの崩壊
仕事の分類:自発的な仕事⇔強制的な仕事
モノの流れ→基本図
「密度」が増えて、「交通量」が減少する事→「渋滞」
アリは渋滞を起こさない
メタ安定状態(首都高の話):車間距離を詰めすぎる→とても危険
無理→無駄を生む
渋滞吸収実験:車間距離がないため、渋滞になってしまう。
ゆとり「間」の重要性
「人は1秒、車は2秒」(距離間)

仕事の渋滞の法則
①仕事密度 ②仕事スループット

誤ったムダ取は危険→あえて「ゆとり」を残す
何が無駄なのか?
3Pの共有化:「Purpose(目的)」「Period(期間)「Position(立場)」
スポーツにおける「ゆとり」:ボブスレーの話
障害物の効果の実験

<仕事渋滞回避のために>
①仕事でも間をあける。30分のゆとり→ブレに対応
 慣性効果:区切りのいいところで仕事を終えない。(すぐに仕事を始める為)
②まとめるのはよくない:小ロット刻みで仕事を流す。
③仕事を振り分ける=多機能事務化 クリエイティブ⇔パッケージ

・モチベーション:「有能さ」と「自己決定」

・サキヨミ力 ex:1分の予測行動
・周辺視野:他工程を見る
⇒「人間力」の欠如

「外段取り」の大切さ:時間・空間でサキヨミ
ex:改札を出る前に切符を用意する。
玄関前で鍵を用意する 
⇒これが普段から出来ていない人は仕事も渋滞する

部分最適は全体最適とは異なる
短期的視野と長期的視野
利他行動 ex:勝ったらゆずる ⇒全体最適へ


またまた読みたい本が増えました。

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2011/02/03

恵方巻 2011

毎年恒例?!(2回目だけど)になりました恵方巻を食べるの巻。
今年は昨年の失敗sign02を教訓に細巻きにしてみました。
罰ゲームにならなくて本当によかったですhappy01
これで今年も幸せかな~shine

Ehomaki

(写)今年も夫婦で恵方巻の図

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2011/02/02

おまんじゅう?!

Cheesecake

いえいえ、イズミソが炊飯器で作ったチーズケーキです。
でっかいお饅頭のようですが、味はばっちりチーズケーキでした。 美味shine 

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